月刊『致知』で好評連載いただいている
五木寛之氏の「忘れ得ぬ人 忘れ得ぬ言葉」。
第31回となる今月号の連載では、
女優として活躍された
大原麗子さんとの思い出が綴られています。
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大原麗子は本当にいい女優さんだった。
演技がうまいとか、ルックスが魅力的だとか
いうことではない。
小柄で声も低くて、決して華やかではない。
しかし、それでいて不思議な存在感を
漂わせている女性だった。
私が新人作家だった頃、
ある雑誌で彼女との対談の企画があった。
少し早目に会場の店にいって待っていたが、
一向に本人があらわれない。
こちらも生意気ざかりの頃だったから腹を
立てて、帰ろうとしたところへ彼女は
やってきた。
時計を見ると、三十分ちかくおくれている。
当然恐縮して謝るかと思ったが、
一向にその気配がない。
私の顔を見て、いきなり言った言葉が
「やっぱり体温が伝わってくるって、いいね」
だった。
なんだそれは、と坐り直して話をきいて
みると、どうやら新宿で唐十郎の芝居を
見てきたところだったらしい。
「もう超満員で坐るところがないの。
仕方がないから若い大学生の膝の上に
乗っかってて観たの。
お尻の下からじわっと体温が伝わってきて
興奮しちゃった。
やっぱり体温が伝わってくるのって、いいね」
まだアルコールもはいっていないのに
酔った目がうるんでいた。
コロナの時代に、ソーシャルディスタンスが
強調され過ぎると、ふとその言葉を思い出す。
※この続きは、本誌7月号をご覧ください。
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今回も最後までお読みくださり、
ありがとうございました。感謝!