このひと言が私の人生を決定づけたのです 第 2,805 号

来年芸能生活60周年を迎える歌手・
小林幸子さん。

歌謡界に数多の功績を残してきた一方、
近年はネット動画を介して
若者からも絶大な支持を集めています。

しかし、10歳のデビューから15年間は
辛酸を嘗めた日々だったそうです。

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(小林)
10歳での歌手デビューから
気づけば来年60周年を迎えます。
山あり谷ありの歩みを振り返ると、
感慨深いものが込み上げてきます。

私はこれまで礼儀作法はもちろん、
教養や男女の機微に至る
あらゆる物事を芸能界で学んできました。
その一つひとつがいまの私を
形づくっていると実感します。

新潟市で精肉店を営む両親の元、
三姉妹の末っ子として生まれ育ちました。
幼い頃から母の接客姿に惹かれ、大人になった
ら母のようになりたいと思ったものです。

そんなある日、突然父に
「幸子、来週東京見物に行こう」と言われ、
連れて行かれたのが、テレビ局の予選会場
でした。

歌好きの父が内緒で応募した
素人のモノマネ番組に当選していたのです。
突然歌いなさいと言われ戸惑いながらも、
歌うことが好きだった私は精いっぱい歌い
ました。

するとどんどん勝ち進みグランドチャンピオン
になり、審査員を務めていた昭和を代表する
作曲家の古賀政男先生から直々にスカウト
されたのです。

父は歓喜したものの、
家庭的な母は生き馬の目を抜くような
芸能界への挑戦を猛反対し、
夫婦喧嘩が絶えなくなりました。
親族会議を開いても埒(らち)が明かず、
ついには私に決定権が委ねられました。

「幸子、お前は歌手になりたいか」

いままで見たことのない両親の真剣な面立ちから、
この返答が人生を大きく左右するのだと直感
しました。

けれども、僅か9歳の子供であることに
変わりありません。
「チョコレート食べたいか」
と聞かれたのと同じ感覚で、
「歌手になりたい」と答えました。
このひと言が私の人生を決定づけたのです。

「そう……」。私の選択を受け、落胆した
様子で言葉を漏らした母ですが……

★続きは最新号でご覧ください。
小林さんの記事には、

・歌うことは生きる手段だった
・努力は必ず誰かが見ている
・思い込みを捨て思いつきを拾う

など、艱難辛苦の歩みから掴んだ
人生の要諦が満載です。
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  今回も最後までお読みくださり、

      ありがとうございました。感謝!

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