ドイツ国民の多くは、「世界で一番影響力の
ある女性」アンゲラ・メルケル首相を誇りに
思っている。民主主義・人権・環境――彼
女は魔法のように、ドイツ人の思考を
変えてしまった。しかし、その副
作用としてドイツは自由を失いつつある。
私は今、この稀有な政治家について書こうと
している。1989年、消えゆく東ドイツの
混沌の中で誕生した謎の人物。
ベルリンの壁の崩壊とともに彗星のように
現れ、時のコール首相にその才を見出さ
れ、東西ドイツの統一とともに出世
階段を駆け上ったとされる。
そのメルケルが、今では世界の民主主義の守護
者と言われる。EU(欧州連合)がメルケル
無しでは機能しなくなってすでに久しい。
20年この方、私はこの稀有な
女性をずっと見てきた。
その間にメルケルはどんどん変貌していった。
今ではもう、最初の面影もないほどだ。彼女
は民主主義の守護者を卒業し、もはや人権
の擁護者でも、おそらく環境保護者でもない。
だから、まず結論を言うなら、「日本人
はメルケルを誤解している」。
EUには構造上の矛盾が多過ぎるし、
理念と現実との乖離も激しい。
強制的に押し付けられた「連帯」が、加盟国
の上に重石のように伸し掛かり、そのEU
の臨終を遅らせるために、あちこちに
点滴のように大金が注ぎ込まれて
いるような状況だ。こんな
ことが永遠に続けられる
はずはない、と誰もが気づき始めた。
八方塞がりの中、奇しくもEUのメリット
を最大限享受し、ひとり勝ちとまで
言われたのがドイツだ。
首相となったメルケルは、2011年福島の
原発事故の直後に、突然、22年までに
ドイツのすべての原発を止めると決めた。
それを知った国民は狂喜し、世界のお手本に
なるのだと胸を張った。15年、メルケルが
中東難民の無制限の受け入れに踏み出
したときも同様だった。国民はそこ
に自分たちの高邁なモラルを投影して高揚した。
ただ、結論を言うなら、そのいずれの時も、
国民の熱狂はあっという間に冷めた。
メルケルは2021年の秋に引退する予定
だが、その治世16年の間に、ドイツ
はずいぶん変わった。
変化は3つだ。社会主義化、中国との抜き差し
ならない関係、そして、誤解を恐れずに言う
なら、ソフトな全体主義化。つまり、反対
意見が抑え込まれ、活発な討論ができ
ない雰囲気がいつの間にか出来上がりつつある。
川口マーン惠美『メルケル。仮面の裏側』
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今回も最後までお読みくださり、
ありがとうございました。感謝!