人間は誰でも心の闇を抱きながら生きて
います。自分の中にある深い闇に、
押し潰されそうになることもありますが、
そういう時、どのように心を切り替えたらよい
のか、シスターとして長年、多くの人の悩みに
耳を傾けてきた鈴木秀子さんの言葉に
大きな力を与えられます。
発刊されたばかりの『致知』10月号の
臨済宗円覚寺派管長・横田南嶺さんとの対談
の中からそのくだりを紹介します。
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(鈴木)
現実の社会では戦争や貧困など様々な問題が
起きていて、私もとても胸を痛めています。
しかし、私はある意味で、人間の業とは
そういうものではないかとも思っているんです。
嫌な人がいたら、口に出さなくとも心の中で
悪口を言ってしまう。
人間には誰にでもそういう弱い一面があり、
私たちはどうしようもない業に囚われて
生きているんです。
そういう私たちを神様はいつまでも待ち続け、
寄り添い、力と希望を与え続けてくださっている。
自分ではどうしようもない弱さを持っているから
こそ、イエス様の教えや救いを必要としている
わけです。
あのマザー・テレサですら晩年、「自分ほど
悪い人間はいない」と言っていたそうですから。
(横田)
ああ、貧しい人のためにあれほど献身的に働かれ
たマザー・テレサでさえ、ご自分をよしとされて
いなかった。
(鈴木)
自身の内面を見つめる時に、闇の部分が
いっぱいあったということなのでしょうね。
人間は悟りを開こうが、聖人と呼ばれようが
闇の部分は常に自分で引き受けて生きていか
なくてはいけません。
だけど、自分の闇の深さを知れば知るほど、
そんな自分をも許して生かしてくださる神様の
愛の大きさも分かる。
だから人生、絶望する必要はないんです。
地獄のようなアウシュビッツ強制収容所を生き
抜いたフランクル博士が「にも拘らず希望を持ち
続ける」と言っていますが、それと同じで、
こんな酷い自分、であるにも拘らずいつも希望
を持ち続けることができる。
それが私たちの生き方なのではないでしょうか。
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今回も最後までお読みくださり、
ありがとうございました。感謝!