アメとムチを使い分ける術こそ飯島の真骨頂だ 第1,286号

 スター政治家と側近の人生にみる異色政治論

小泉純一郎、異能の政治家に忠誠を誓った

側近は、嘘も恫喝も厭わなかった。

 手段を選ばず頂点を目指した男たち

の人生観に政治の本質を見た!

 ときとして飯島勲が、策謀をめぐらせ、政策の

根回しから泥臭い権力闘争に至るまで、あり

とあらゆるシチュエーションの要所にお

いて跋扈してきたのは疑いない事実である。

それは秘書官の職を辞したあとも変わらなかった。

 小泉というボスのためには平気で嘘もつき、

平然と悪役を演じ切ることのできる、政治

家秘書としての彼の美学そのものだ。

 小泉が議員として無名時代、飯島は、雑誌記者が

議員会館に来れば、自分のデスクの横に席を

用意して話し込み、食事も厭わず、

継続的に懇談を重ねてきた。

 閉鎖的な国会の記者クラブの壁に阻まれ、

日ごろから取材に四苦八苦してきた雑

誌やスポーツ新聞の記者は喜んだ。

 2001年の小泉旋風を積極的に取り上げたのは、

こうして飯島が長くつないできた雑誌や

テレビのワイドショーだった。

 小泉政権発足にともない、官邸のチームメンバーは、

飯島の人脈や情報網を使って、徹底的に人選したが、

もっともこだわった部分は、「黒子に徹し、出

身省庁ではなく総理に忠誠を尽くすことの

できる人材、同時に総理の意向を十分

体して出身官庁を抑えきることの

できる実力を備えた人材」だった。

 飯島は、小泉厚生大臣秘書官時代に、省内の

逮捕者が発生した問題にも対応した。

 逮捕前の当事者がマスコミに囲まれそうになった

とき、飯島をその人をうまく逃がした。当時の

ある厚生官僚はこういっている。「最後は

逮捕されたが、本人はあの窮地の一番

苦しいときに気遣ってくれたこと

は恐らく一生忘れない。

 だいたい、官僚はマスコミの餌食。何かあれば

バッシングしかされない。いい仕事をして

当たり前。失敗すれば袋叩き。

 そんな中で、あそこまでやってくれると、

一気に『親飯島派』になってしまう。

 だから、飯島さんがその後どこに行っても、

情報を上げるなど、関係は生涯続く。

 私は当事者じゃないけど、そんなことがあったと

あとで聞き、私たちも飯島さんについて

行こうという気になる」

 アメとムチを使い分ける術こそ飯島の真骨頂だ。

こうやって、飯島は官僚を掌握し、それを

そのまま情報網にしてきた。

 議員秘書仲間の並木は、若いころの飯島を「大き

な体に似合わず、とにかくマメによく働いてい

た」並木のいう「よく働いた」とは、しか

し雑用である。政界とのパイプすら

ない飯島に与えられていたのは

雑用だった。お茶汲み、掃除、ポスター貼り。

 飯島に近いベテランのマスコミ関係者は言う。「優秀

な秘書というのは、いい情報よりも悪い情報を重

要視する。いい話なんかは親分に上げなく

ていい。でも悪い話は、直ちに分析

して、たとえ親分が気分を悪く

しようともいち早く知らせ

ることだ。飯島はそれに徹していた」

 鈴木哲夫『汚れ役:側近・飯島勲』

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 今回も最後までお読みくださり、

      ありがとうございました。感謝!

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