一見無手勝流な聞き書きの裏に膨大な調査が隠されていた 第 605 号

 なぜ影に挑むのかなぜ闇を追うのか。衝撃の

ノンフィクション作品を放ち続ける斯界の第一人者が

10代の読者向けに説いたノンフィクション入門書。

 「森の「聞き書き甲子園」」の研修会での基調

講演等を中心に加筆。

 政治と経済の季節に僕が読んだ宮本常一の『忘れ

られた日本人』という本は、いわば政治も経済

にもまったく背を向けて、あるいはまったく

巻き込まれないで、文字通り、世間から

完全に忘れ去られた日本人の話じっと

耳を傾け、それを淡々と記録した本だ。

 宮本常一の晩年の業績に、日本観光文化研究所

での仕事がある。

 宮本はそこの所長になり、彼を慕って集まって

きた若者たちと一緒に商業主義ではない、

新しい観光と旅のあり方を探究した

 この一環として、「あるく、みる、きく」

いう雑誌を発行する。

 これはいま読んでも発見と創見に

あふれた素晴らしい雑誌。

 宮本の取材法は、この雑誌のタイトル

が端的に示している。

 とにかく歩きに歩いて、風景の中から歴史を読み

取り、そこに住む人々から丹念に話を聞き取る。

 実にベーシックな方法だ。

 聞き書きをするという意味では、

耳を鍛えてほしい。

 耳はどういうことで鍛えられるか。

 それは音楽でも、音の出るもの、なんでも

いいから聞くことだ。

 たとえば、こういう訓練をやるといい。

 目をつぶって、見えるものはぜんぶ遮断

して、音だけで自分の一日を記録する

 文章にリズム感がないといけない。

 言葉というものは、長い長い歴史の果てに、

やっと人類が辿りついた巨大な遺産

 いうなれば、民族のDNAともいうべきもの。

 先祖から受け継いだその遺産を使って

我々は生きている。

 宮本常一の言葉のなかで私がいちばん好き

なのは、「人間は伝承の森である」というもの。

 人間は伝承の森なんだと。

 一人ひとりに伝承が埋まっているんだと。

 職人さんには職人さんの伝承が、あるいは

漁師さんには漁師さんの伝承がある。

 父祖代々から伝わった技術、それも伝承だ。

 宮本は、とにかく日本中を歩き尽くし、そこから

この列島に住む人々の意思を正確に読み取ってきた。

 「歩く」から見えてくる、のだ。

 宮本が歩かなかったところはない、

それくらい歩いた。

 彼は、漁村、山村、離島と日本のほぼ

すべて歩いた。

 宮本は学生に「道草を食え」と口ぐせ

のように言った。

 宮本の人生が「道草」そのものだったともいえる。

 回り道を恐れてはいけない。

 宮本は、聞き書きした人に対しては、感謝の

気持ちと恩返しの気持ちを忘れなかった。

 取材という行為は、相手の貴重な

時間を割いてもらうこと。

 そのことはいつも忘れないでください。

 取材のもっとも重要なポイントは、やっぱり、

「歩いて、見て、聞くこと」

 ネットでピンポイントの情報は出てくるが、切れば

血が出るような面白い情報は出てこない。

 やっぱり自分で歩いて、距離感を実感する。

 たくさんの本を読みそこで得た知識をひけらかす

人は、大した人ではない。

 本を読むことによって自分の脳髄を鍛え、

自分だけの考え「知恵」それを

持てる人こそ、本当の読書家だ。

 相手の情報をあらかじめ徹底的に集めたうえで、

それでも自分がどうしても聞きたいことがある。

 そこがいちばん重要なことだ。

 相手も、自分のことをこれだけ調べてから

くるんだから、という気になる。

 宮本常一は達人だから、ポンと行って、なんか

庭でぷらっと喋った話が作品になっている

ように見えるが、実は宮本の一見無手

勝流な聞き書きの裏に膨大な調査

が隠されていたということを、

もう一度思い出してほしい。

 インタビューはとことん相手に関する資料

を集め、それを自分なりに読み解いた

うえで臨む最後の真剣勝負。

 インタビューの現場では、聞くことって、

実はそんなにない。

5つか、6つか、そんなもん。

「記憶に残ったものだけが、記録にとどめられる」

(宮本常一)

「記録にとどめられたものしか、記憶に残らない」

(佐野眞一)

 佐野眞一『だから、僕は書く』

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今回も最後までお読みくださり、ありがとう

             ございました。感謝!

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