世間様のお役に立つ仕事でなくては通用しない 第 2,324 号

いま俳句が国民的なブームとなっています。
その火つけ役となったのが、俳人・夏井いつき
さんです。俳句経験ゼロの素人の句を添削し、
見事な句に変えてしまうその夏井さんに、
人生の歩みと共に、俳句の楽しみ方、
味わい方を教えていただきました。

───────────────────

(夏井)

私が俳句と出合ったのは、
中学校の国語教師になった年でした。
たまたま懇親会の係になった時に、
懇親会に5分間ほど遅れてくる先生がいて、
乾杯までの間を持たせるために、番号では
なく俳句によって座席を決める作戦を
思いついたのが最初です。

もちろん、私に俳句の心得があったわけでは
ありません。

しかし、即興で作句したこの時の経験は、
俳句は難しい、教養がいるといった概念を
壊し、勝手に高く設定したハードルを下げる
大きなきっかけともなりました。
「俳句は面白い、性に合う」と思った私は、
それ以来、自分なりにこっそりと
嗜むようになったのです。

愛媛県南部にある海辺の町の小さな本屋で、
黒田杏子先生の句集を偶然手にしたのは
その頃です。何気なく読み進めるうちに
「この俳人はすごい。弟子になろう」と
すぐに決めました。


弟子といっても東京まで訪ねていくわけでは
ありません。先生が選者をされている俳句誌の
購読者となって投句をするようになりました。
この投句を通して俳句の面白さに
いつの間にか惹かれていったように思います。

大好きだった教師をどうしても辞めなくては
いけない状況に陥った時、私は自分を納得
させるために「俳人になる」と
啖呵を切りました。


俳句だけで生計を立てる決心をしたのは、
その後、シングルマザーになった時でした。

とは言え、二人の子供たちを気にかけて
くださったのでしょう、元同僚や先輩の先生方
から国語の講師の仕事を紹介されることも
ありましたが、啖呵を切った以上、信念を崩す
のがただ悔しい一心でせっかくの話を断り続け
ました。


しかもシングルマザーとなれば、状況はより
厳しくなります。俳句の仕事など簡単に舞い
込んでくるものではありません。


おまけに、その頃の松山は保守の鉄板のような
土地柄で「若い女性がペラペラと語りながら
俳句を飯の種にしている」という冷たい
空気もありました。


私は「俳句で食べていく以上、世間様のお役に
立つ仕事でなくては通用しない」と考えを変え、
それがその後の種まきへと繋がっていったの
です。


 〔中略〕

私たち俳句を詠む人間にとって吟行は
日常の一部です。仲間と一緒のピクニック
などはもちろんですが、例えばタクシーに
乗っている時もご飯をつくっている時も、
その心持ちさえあればすべてが吟行です。


目や耳など五感から入ってくる情報で
アンテナに触れるものがあれば、すぐに
掬い取って句帳にメモし、その五感を
頭の中で変換し文字に変えていきます。

 *  *  *

昔のことですが、吟行をしながら頭の中で
言葉をこねくり回していて
ウンザリしたことがありました。

その時、墓石の隙間に生えるスミレがふと目に
止まり、瞬間、ハッとしました。
自分の脳味噌から出てくる言葉は自分以下の
ものでしかない、スミレや石、風、空のほうが
私の灰色の脳細胞よりも、よっぽど新鮮な情報
を持っていることを教えられたのです。

五感を働かせることで、
そんな体験をすることも少なくありません。

俳人の世界ではよく「生憎という言葉はない」
と言われます。「きょうは生憎の雨で桜を見る
ことができない」。
これは一般人の感覚ですが、俳人たちは「これ
で雨の桜の句を詠める」と考えます。


雲に隠れて仲秋の名月が見えない時には「無月
を楽しむ」、雨が降ったら「雨月を楽しむ」
捉えます。これは日本人ならではの精神であり、
俳人の心根にあるものなのかもしれません。

(本記事は月刊『致知』2018年12月号
特集「古典力入門」から記事の一部を抜粋・
編集したものです)

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 今回も最後までお読みくださり、

     ありがとうございました。感謝!

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