評論家として大きな足跡を残した
小林秀雄氏。
その妹であり、劇作家として
活躍した高見澤潤子さんが、
小林秀雄氏から教わったことを
『致知』で話してくださったことがあります。
本日は約20年前の『致知』に掲載された
貴重な記事をご紹介します。
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「兄・小林秀雄から学んだこと」
高見澤潤子(劇作家)
『致知』2001年10月号
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子どものころから兄・小林秀雄は、
私には尊敬すべき存在だった。
私は兄から多くのことを教えられた。
しかし、私があんまり知らないことが多すぎて
恥ずかしいといったとき、
「何ももの知りにならなくてもいい」
といってくれて、
「学者はknowledgeだけあって、
wisdomがないから駄目だ」
といったことがある。
人間は生きていくためにはもちろん
学問、知識(knowledge)は必要である。
しかし、物事をよく判断し、
よく処理する心の動き、賢さというようなもの、
生きていく知恵(wisdom)は、
それ以上に大切であることを、兄はいうのである。
兄は理論よりも行動を重視した。
何かせずにはいられないという気持ちは、
愛情とか尊敬からおこるものである。
頭で考えているだけでは、
そういう気持ちにはなかなかなれない。
愛情をもって対象物を本当に理解しなければ、
実行することはできない。
知ることは行うことだ、と兄はいっていたし、
「実行という行為には、いつでも理論より
豊かな何かが含まれている。
現実を重んじる人というよりは、
現実性を敬う心がある」
というようなこともいっていた。
私たちはあまりにも観念的になり、
抽象的になり理論的になっている。
理屈ばかりいって、実行しない者は多い。
現実を大切にしないからである。
実行するのは難しいことなのだが、
具体的にものをいうよりも、
抽象的にいった方が深みがあるように
思っているからである。
しかし目の前に現れている現実、
具体のほうが大事なのである。
私が自分の結婚問題について、
手紙で兄に相談したとき、兄は長い返事を
くれた。その中にこういう言葉があった。
「人間が人間の真のよさだとか悪さだとか
わかる迄には大変な苦労が要るものだ。
人間を眺める時、その人間の頭にある思想を
決して見てはならぬ。それは思想だ。
人間じゃない。その中によさも悪さも
あるものでない。
大体、アリストテレスの言ったように、
人生の目的は決してある独立した
観念の裡(うち)にはないものだ。
人間の幸不幸を定める生活様式の裡に
あるのである、いい生活様式を
得れば人間はそれでいい」
兄は何も知らない私に人間の見方と、
人生の幸福というものを教えてくれた。
人間は頭より情緒、心の優しさが大切で、
人間をみるというのは、実生活の具体的な
ものを、しっかりみることである。
今回も最後までお読みくださり、
ありがとうございました。感謝!