各界の超一流たちを追い求め、鋭い評論を
展開してきた山本益博さん。厳しい将棋の
世界で鎬(しのぎ)を削りつつ、藤井聡太二冠
を筆頭に優れた弟子の育成でも注目を集める
杉本昌隆さん。
ご自身の体験を交えつつ、超一流人である
イチロー氏と藤井聡太氏のルーティーンに
ついて教えていただきました。
───────────────────
〈山本〉
僕はイチローさんに3度お目にかかってお話を
伺っているんですが、あの人は全打席ヒットを
打ちたいと思って打席に立つんですって。
野球って3割打てば一流でしょう。でも彼の理想
は10割なんだと。だから、一打席でも打てなかっ
たら悔しくてしょうがないし、ヒットが一本も
出なかった日は夜中に宿舎で何時間も素振りを
するので、仲間から迷惑がられたそうです。
悔しさの度合いが尋常じゃないんです。
〈杉本〉
それは、やらなければならないと思ってする
素振りとは、全く意味合いが違いますね。
〈山本〉
おっしゃる通りです。
僕がイチローさんにどうしても直接お話を伺い
たいと思ったのは、テレビの特番を見たことが
きっかけでした。
彼は、アメリカのメジャーリーグに移った最初
の年から大活躍して、夏のオールスターゲーム
にも出場することが決まりました。
その時に企画された特番のインタビューの一番
最後に、すっくと立って言ったんです。
「僕のやってることにはすべて意味があります
から、よく見ていてください」と。
それを聞いて、彼の行動を丁寧に見ていくと、
確かにいろんな法則が見て取れる。1回の表に
ライトの守備位置に着く時に、どこから
グラウンドへ出て行って、何歩で白線を越えてっ
ていうところから全部決まっていて規則性がある。
その中でちょっと面白いなと思ったのが、ヒット
で出塁した時に、彼は一塁のベース上で人差し指
をヘルメットの右の耳穴に入れるんですよ。
なんでかなと思ってお目にかかった時に聞い
たら、イチローさんはしばらく考えて、
「リセット」っておっしゃったんです。
クリーンヒットで出塁するのも嬉しいけど、
ボテボテのゴロで間一髪セーフになった時も
笑っちゃいたいほど嬉しいと。
でもそれを相手に覚られると戦いに影響するから、
気持ちを切り替えるためにやり出したそうです。
それが人から尋ねられてもすぐ答えられないくら
いに無意識のルーティーンになったんだと思うと。
その話を伺った時から、イチローさんを追いかける
のは面白いと思ったんです。
杉本さん独自の席を外されるタイミングって
ありますか。
〈杉本〉
私の場合、特に意識はしていないんですけど、
わりと早い段階で席を外すらしいですね。
時には対局が始まって一手目を指す前に席を
外すこともあります。そういう時はトイレで
鏡を見て、「いまからやるぞ」って改めて
自分に言い聞かせているんです。
藤井二冠は、初手を指す前に必ずお茶を飲むん
です。だから彼のルーティーンは「初手お茶」
とよく言われていますけど、本人は意識して
いないようです。
〈山本〉
そういうのは、間合いを取るという意味合い
もあるんでしょうか。
〈杉本〉
あるかもしれませんね。一度指した手は絶対に
戻せませんから、慎重にも慎重を期して選ぶん
ですけど、間を取って、気持ちを落ち着けて、
万全の状態で手を選ぶわけです。
※本記事は月刊『致知』2021年6月号
特集「汝の足下を掘れ そこに泉湧く」より
一部抜粋・編集したものです
今回も最後までお読みくださり、
ありがとうございました。感謝!