高橋中尉「原田さん、上層部はなぜ、いつまでも
決心しないのでしょうか。ぐずぐずしていると油
が断たたれ、なにもできなくなるに決まって
いるのに」高橋中尉は、同調する反応が
原田少佐から聞けるものと期待していた。
しかし、ぜんぜん違った答えに驚いた。
原田少佐「君は本当にやったほうがいいと
思っているのかね。いいかい、ここでやけ
っぱちで事を構えたら、満州はもちろん
のこと、朝鮮も台湾もなくしちゃう
ことになるんだよ。この際ひとつ
我慢をすれば、満州は駄目だが、
朝鮮と台湾はうまくいけば残るよ」
高橋はびっくりして原田少佐の顔を見つめた。
原田少佐「そのところが、もし君にわから
ないとしたら、それは少佐と中尉の差だな」
高橋中尉「そんなことを言うから皆に、整備局
のやつらは物ばかりいじくっているから軍人
精神を忘れていると言われるのではないですか」
原田少佐「だから危ないんだよ。そういう
雰囲気が、ますます危ない方向へ国を
引っ張っていくんだ」
高橋中尉「しかし、いまここで引っ込んだら、
国民が黙っていないんじゃありませんか?」
原田少佐「大政治家というものは、正しいと
自分で信じた場合、国民など黙らしてもその
方向へ引っ張っていくものなんだ。その
代わり、自分も永遠に黙らされる
ことを覚悟の上でね」
高橋中尉「そんな大政治家がいますかね」
原田少佐「いないね。昔はいたらしいがね」
高橋中尉「するとどうなるんですか」
原田少佐「結局、戦争することになるさ。
そして負けるんだよ」
日米開戦、半年前のやり取りである。
歴史は繰り返す。僕が道路公団民営化に現場
で関わるようになったのは、2001年4月に
小泉さんが総理になってからだ。
道路族議員との派手な立ち回りばかりがメディア
で強調されたが、民営化委員会のスタートと同時
に、僕と国土交通省との間できわめて深刻な
論争が往復書簡のようなかたちで半年間も続いた。
数字の塹壕戦と呼んでもよいくらい、体力を
要した。委員会でデータを出させる。ぎり
ぎりになって膨大なデータが送られて
くる。僕と20代の2,3人のスタ
ッフで委員会当日まで徹夜の
作業で、その数字を徹底
的に分析する。
厳しい真剣勝負だった。
数字を誤魔化すと国が滅びる、と僕は信じて
疑わない。官僚機構は、虚実を巧みに使い
分ける、と知っている。
政治家の「腕力」と官僚の作った「統計」
で決まってきたものが、正しい「事実」
と「数字」で覆すことができるのだ。
交通需要推計を修正せざるを得なかった
国土交通省幹部は、「正規軍がゲリラ
に敗れた」と洩らした。
「空気」の正体をつかめ。戦前の陸軍省
で、そして戦後の国交省で、同じ霞ヶ関
で官僚たちは同じような誤りを犯してきた。
自分がAと思っていても、Bが正しいと言う
人びとが多ければ、なんとなくその意見に
引きづられ、Aです、といえなくなってしまう。
アメリカ人でも「空気」に呑み込まれる。
そういう意味で、同調行動は日本人
だけが陥りやすい罠ではない。
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今回も最後までお読みくださり、
ありがとうございました。感謝!