国家の舵を取る者を誤りなき決断に導くことを使命とする 第 2,646 号

 第二次世界大戦下、ユダヤ難民に日本のヴィザ

を発給し、六千人の命を救った外交官・杉原

千畝。彼はなぜ、政府の命令に背いて「命

のヴィザ」を出し続けることができた

のか。そこには、世界情勢を読み

解き、綱渡りの駆け引きに挑む

〈情報のプロフェッショナル〉

の素顔が隠されていた。

 機密情報に携わる者たちは沈黙を守り抜き、

自らを厳しく律してきた。決して情報源を

明かさない。これこそが彼らの至高の

掟なのである。

 どのように情報を入手したかが露わになれば、

相手側に災厄が及んでしまう。時には人命

まで喪われる。それゆえ、情報を生業と

する者は一切を墓場まで抱えていく。

自らの功績を記録に残そうとせず、

人生の軌跡すら消し去ろうとする。

 インテリジェンスとは、膨大な雑多なインフォ

メーションから選り抜かれ、分析し抜かれた

一滴の情報をいう。それは国家が熾烈な

国際政局を生き抜くための業なのである。

 インテリジェンス・オフィサーは、ダイヤ

モンドのような情報を見つけ出し、国家の

舵を取る者を誤りなき決断に導くことを

使命とする。彼らは単なるスパイでは

ない。そして、杉原千畝こそ真に

その名に値する情報士官だった。

それゆえに沈黙の掟を守った

まま逝ったのだった。

 杉原はバルトの小国リトアニアの領事代理で

ありながら、欧州全域に独自のインテリ

ジェンス・ネットワークを築き上げ、

亡命ポーランド政権のユダヤ人の

情報将校から、第一級の機密

情報を入手していた。

ユダヤ難民を救った「命のビザ」

はその見返りでもあった。

 類い稀なスギハラ情報網は、彼がリトアニア

の首都カナウスからプラハに去った後、中立

国スウェーデンの首都ストックホルムに

いた小野寺信(陸軍駐在武官)に、引

き継がれた。それはヤルタ首脳会談

でソ連が対日参戦を約束した「ヤ

ルタ密約」という最高機密を

入手する礎となった。イギ

リスの秘密情報部は、欧州発の

機密電を密かに傍受し解読していた。

 杉原千畝が「命のビザ」と引き換えに、

全欧の情報網から掴みとった一級の

インテリジェンスは、

本国統帥部にいられなかった。

スギハラ情報網を引き継いだストック

ホルムの駐在武官小野寺信が発した「ヤルタ密約」

の緊急電も、統帥部自ら破り捨てた疑いが濃い。

 インテリジェンス活動とは、貴重な情報を入手

し、精査し、将来のために役立てる活動である。

 手嶋龍一氏は、優秀なインテリジェンス・

オフィサーを「耳の長いウサギ」に例え

たが、まさに至言であろう。ウサギの

ように機敏で、決して暴力的ではな

く、長い耳、すなわち範囲の広い

情報網をめぐらすことこそが、

インテリジェンスの基本だ。

 ソ連との北満鉄道譲渡交渉こそ、インテリ

ジェンス・オフィサー杉原千畝の名声を

一躍高めた重大交渉であった。この

鉄道は、基本的に清国・中国と

ロシア・ソ連が共同経営し、

満州の地を東西および

南北に走る大動脈であった。

 杉原は、ソ連がどれだけの貨車を持ち出した

とか、北満鉄道の内部のあらゆることを自分

の諜報網を使って調べ上げてしまった。そ

の情報を元に交渉。最終的にソ連側の

言い値の5分の1で妥結した。

 杉原は、ロシア語、ドイツ語、フランス語

などに堪能であった。抜群の語学力、イン

テリジェンス・オフィサーとしての高い

資質が、ヨーロッパにおける杉原諜報

網を短期間に形成することにつながった。

白石 仁章 (著)『杉原千畝:情報に

           賭けた外交官』

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  今回も最後までお読みくださり、

      ありがとうございました。感謝!

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