姿勢を正せば心も変わる物事の本質が見えるのです 第 3,052 号

徳川御三家の一つである
水戸徳川家の流れを汲む
讃岐国高松藩松平家の末裔として生まれ、
先人たちが受け継いできた日本の心、
文化伝統の素晴らしさを人々に
伝え続けている松平洋史子さん。

この変化の激しい時代において、
いかに日本人らしく、
美しく優しく逞しく生き抜いていけばよいのか、
その生き方のヒントを、松平家の教えを
紐解きながら教えていただきました。

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<松平>

私の生き方に大きな影響を与えたのは、
祖母・俊子(としこ)でした。
祖母は明治23(1890)年、佐賀藩の侯爵・
鍋島直大(なおひろ)の六女として生まれました。

直大は駐イタリア特命全権公使などを務めた人物
で、日本だけでなく西洋の一流を知り尽くした
教養人、趣味人でした。また、明治天皇の信任も
厚く、宮中の儀式を取り仕切る式部職(しきぶ
しょく)の長官を務めたこともあります。

その直大に育てられた祖母は、
17歳の時に伯爵・松平頼寿(よりなが)の
弟である松平胖(ゆたか)と結婚します。

先ほども触れましたが、徳川将軍家に
最も近い親族である徳川御三家(尾張徳川家・
紀州徳川家・水戸徳川家)のうち、水戸徳川家
の流れを汲むのが讃岐国高松藩松平家です。

つまり祖母は、鍋島家で西洋の一流を、
嫁ぎ先の松平家で礼儀作法や質素倹約を
重んじる武家の精神を身につけたのでした。

祖母は社会的にも活躍した人でした。例えば、
「これからは女子の教育が必要だ」と、昭和女子
大学の前身の日本女子高等学院が設立される際、
世田谷の土地を払い下げるなどの支援を行いました。

そして創立者の人見東明(ひとみ・とうめい)氏
に招かれて校長を務め、その時に松平家に伝わる
作法を「松平法式」として女子教育に取り入れ、
女性が美しく逞しく生きていくことの大切さを
伝え続けました。


そんな祖母から教わったことはたくさんあり
ますが、松平家で最初に教わるのが姿勢です。
武士道には「型から入って心に至る」
という言葉があるように、
姿勢を正せば心も変わる、
物事の本質が見えるのですよと、
子供の頃から言われました。

食事の時、子供たちの姿勢が崩れると、
祖母や母が背中をぽんぽんと叩く。
すると、背筋がぴんと伸びる。
そういうことを繰り返しながら、
自然に美しい姿勢を身につけていくのです。

皆さんは、会議の席などで……

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      ありがとうございました。感謝!

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