1965年、東京都生まれ。細川護熙首相の公設秘書
を経て、執筆活動に入る。
その一方で日本文化の普及につとめ、書籍編集、
デザインのほか、さまざまな文化イベントの
プロデュースなども手がける。
父方の祖父母は実業家の白洲次郎と随筆家の
白洲正子。母方の祖父は文芸評論家の小林秀雄。
子どもの頃から、僕には友達が少なかった。
僕の人付き合いの仕方は、広く浅くではない。
といって、狭く深くでもない。
ではどうなのかといえば、狭く浅くという
他ないだろう。
要するに四六時中会うのではなく、たまに会って、
お互い刺激し合うことだと思っている。
そして一度信じた相手とは、長く続く。
遊学先のイギリスから帰国してまもなく、
漢字やひらがなの文字が美しく見えた。
イギリスで英語に取り囲まれて暮らしたことに
よって、日本語に目覚めた。
ついには「日本とは何か」というテーマを
ライフワークとして、ものを書くことを
仕事にするまでになった。
祖父の小林秀雄といえば、夕方に鎌倉の家へ
遊びに行くと、いつも寝転がって一人で
音楽を聴いていた姿を思い出す。
僕の書斎で、すぐに手の届く場所にあり、
繰り返し読む本と言えば、白洲正子と
小林秀雄の本だ。
読むたびに自分の心に残る言葉を発見し、
はっとすることがある。
小林の文体や、言葉づかいの美しさ、力強さ、テン
ポのよさ、どれ一つとっても真似できない、
と思い知らされる。
言葉が、多過ぎてはいけないし、
足りなくてもいけない。
そして読者の想像力にまかせる余白を残す。
そうした文章の設計図の作成に、小林は尋常で
ない時間をかけていることが伝わってくる。
今でこそ白洲次郎と正子がドラマになったり、
雑誌の特集にとりあげられているが、当時の
幼い僕にとっては、鶴川のおじいちゃん、
おばあちゃんにすぎなかった。
僕が知っている頃の白洲次郎といえば、夕方に
なるとドテラを着てウイスキーを飲んでいる、
どこにでもいそうな好々爺然とした
禿げ頭の老人だった。
仮に白洲次郎から続く我が家の流儀、といった
ものがあるとしたら、なんでも直感で判断
すること、そしてそれを大事にして
生きることではないかと思う。
祖父の次郎は憲法草案に関わった終戦連絡時代
や、日米講和にいたる政治の文章や資料を、
「こういうものは墓場に持っていくもんだ」
と言って晩年燃やしたという。
そして「僕は歴史を信じない」とも言っていた。
火の海で壊滅したはずの室町文化は、雪舟の
絵を、世阿弥の能を、茶の湯を今に残した。
明治維新も、従来のモノの大破壊、大洪水の時代
と言えるだろうが、江戸の粋は残った。
かつての経済人は茶道と経済界を繋いだ。
明治以降の多くの経済人に影響を与えながら、社交
としての茶の湯の世界を確立したということだ。
つまり本物との付き合い方で社交の
文化も決まるということだ。
何かを鑑賞するときに大事なのは、まずは自我を
滅して無碍三昧にモノを「見る」ことが
できるかということに尽きる。
自分自身が「いいな」と思ったモノを凝視し、
その作者や時代に思いを馳せることだ。
祖母の正子は、「羅生門が再建され、朱雀大路
が復活する。そんな京都の姿を見てみたい。
もちろん、夢の夢だろうけど、陛下が
京都にお戻りいただくのがいいわと思うわ」
と口にしていた。
僕にとって、日本人としての誇りとは、世界へ
輸出する電器製品や自動車などではなく、
『古事記』や『源氏物語』、縄文
土器や宗達の画、唐津の盃なのである。
たとえ99%の人がプラスチックの器を使うよう
になっても、僕は染みのついた陶磁の
器を使い続けるだろう。
「朝茶は七難隠す」と言われる。
流行の言葉でいえば「癒し」の最上のものだろう。
たまには休みの朝に、コーヒーではなく茶を点て、
味わってみたらどうだろうか。
とくに夏、水で出る最高級の玉露を、
飲んでもらいたい。
僕自身は貴族の生活など知るよしもないが、
祖父を通じて感じたことは、目立たない
ことに美徳を求める英国貴族たちの姿だった。
控えめに振る舞うことを「粋」とする彼らの
行動は、祖父に多大な影響を与えた。
どんなブランドを着ているかとか、アクセサリー
は何がいいということなどより、内面を自分
なりに日々鍛錬することの方が大事だ。
祖父の次郎は、「ヘンリー・プールのスーツは
60を過ぎてから着るものだ」と言って
いるが、同じ意味だと思う。
ある程度年齢を重ねて人間的に円熟しないと、
一流のスーツは着れないよ、ということだろう。
装うことも陶芸も、結局中身が大事なんだ。
祖父の次郎は武相荘と名付けた町田の家で、
カントリージェントルマンをきどっていた
が、都会と田舎に家を持つことは
英国紳士の教養である。
彼らは狩りや、農作業をしたりして、
汗をかいて週末を過ごしている。
白洲信哉
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今回も最後までお読みくださり、ありがとう
ございました。感謝!