熱く燃える時があるかと思えば心静かに内省の日々を送る時もある 第 468号

 吉田松陰は29歳で亡くなるまで元気いっぱい、

生き抜いた人でした。

 松陰の元気の秘密はどこにあったのでしょうか。

松陰研究一筋の川口雅昭さんにお話しいただきます。

────────[今日の注目の人]───

☆『吉田松陰 修養訓』に学ぶ ☆

川口 雅昭(人間環境大学教授)

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 私が特に現代の若者に掴んでほしいのは、私心を

捨てて公のために生きる侍の精神がかつて

の日本に息づいていたこと。

 そして、そういうDNAを私たちもまた受け

継いで生きているという事実です。

 人間は、自分のことばかりに意識が向いて

いる間は元気が出ません。

 国のため、誰かのためを思って志高く歩んで

いくところに本当の元気が生まれるものです。

 (本稿の)冒頭、私は日本人の自信のなさ、

元気のなさについて触れましたが、では

松陰がなぜあれほど元気いっぱいに

生きられたのか、その理由をよく

考えていただきたいのです。

 だからといって松陰はいつも血気盛んだった

わけではありません。

 国情を憂えて火の玉のように熱く燃える時がある

かと思えば、野山獄にいた時には先賢の書を師と

して心静かに内省の日々を送っています。

 しかし、どのような環境でも松陰は……

 ※川口さんのお話は松陰論から現代の若者論、

日本人論まで多岐にわたります。

 詳しくは誌面でお読みください。

 『致知』2016年11月号 

          特集「闘魂」P34 

  

 今回も最後までお読みくださり、ありがとう

              ございました。感謝!

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