東ドイツと衛星放送ベルリンの壁が
崩壊したのは1989年のことだ。
西ドイツの放送は東ドイツ
にも漏れるようになる。
東側諸国の国民が小型のバラボラを買って
衛星放送を見れば、自国政府が言って
いたことが、いかにデタラメだっ
たかを知ってしまう。
メディアのパワーは強力だ。
作り上げられた共同幻想と、まったく
違う本当の世界の姿を見せてしまう。
衛星ネットワークは、グレートファイア
ウォールを破壊するのではなく、遥か
上空から越えていくのだ。
東ドイツは人工衛星を規制できなかった。
テクノロジーは常に優越するのだ。
テクノロジーの持つ力をもってすれば、
国家の通貨発行権ぐらいは、当然将来
的にはなきものになるだろう。
誤解しないでほしいが、こうしたことは
ある日、突然すべてが一変するもの
ではないということだ。
徐々に、静かに変わっていく。
世界に先駆けた金融工学かつての日本
は世界に先駆けたフィンテック
大国だったといえる。
江戸時代の日本経済は、金と銀、
銅という3つの貨幣と、そして
米から成り立っていた。
それぞれの相場は変動し、金の産出量が
増えれば銀とのレートが悪くなる
といった変動相場制だ。
江戸のお金というと、小判の印象
が強いが、決済で使われること
はほとんどなかった。
一部の大名や上級武士などによる
大口取引で用いられたぐらいだ。
日常の大方の取引は掛け売りだ。
帳簿上の付け合わせで、ほとんど
すべてが済んでいたのだという。
商人は年末になると、売掛金
の回収に回っていた。
当時の政治や文化の中心地は
江戸だが、経済の中心地は
天下の台所・大坂だ。
大坂に存在した米市場で、大名
は米を銀や金に換える。
この両替商が銀行の前身だ。
堂島米会所は世界最古の先物市場だ。
現在、世界最大の先物市場は
シカゴ・マーカンタイル取引
所で、1898年に設立された。
これはアメリカでは一番古いもの
だが、その誕生より100年以上前
に日本に存在していたのだ。
多様な通貨と信用経済、
地域通貨に投機市場─。
こう書き出していくと、現金と銀行預金
信仰にいまだに縛られている現代より
も、よほど柔軟に経済が回って
いたように思える。
そもそも「宵越しの金は持たない」と
いう、金銭に執着しない生き方が
粋だという価値観もあった。
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今回も最後までお読みくださり、
ありがとうございました。感謝!