1 太宰治の『走れメロス』
2 今日の「一日一言」/一番尊いもの
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1 太宰治の『走れメロス』
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鈴木秀子(文学博士)
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鈴木秀子さんは、太宰治の『走れメロス』
を大人になって読み返すと、学生の頃
には分からなかった発見や感動
があると言います。
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私は『走れメロス』を改めて読みながら、
ある大きな武道具の会社を経営して
いる男性Kさんのことを思い
出していました。
外国語に堪能なKさんは、武具
を購入する外国人のための
通訳の仕事を経て独立。
持ち前の商才を発揮して事業
を拡大していきました。
ある時、その会社にイタリア人の青年が
訪ねてきて「働きたい」と申し出ます。
日本語が話せないのに、武道を学び
たい一心で来日した心意気に感心
したKさんは、青年を雇う
ことにしました。
Kさんは、青年をまるで家族のように
大切に教育し、青年もまた海外との
コネを生かして実績を挙げ、頼
りになる社員に成長します。
ところが、6年ほど経ったある時、会社
宛に誤って届いた一通のメールを見
てKさんは愕然とします。
青年が上顧客と結託して会社を乗っ
取ろうとする内容だったからです。
飼い犬に手を噛まれる
とはこのことです。
Kさんが青年を問い詰めると「これは
ビジネスだ」と、それまで一度も
見せたことのないふて腐れ
た態度で、そう答えました。
青年は自ら会社を去りましたが、K
さんは燃え狂うような怒りがどう
しても収まりません。
一時は本気で裁判も
考えたと言います。
終日感謝の言葉を唱え続けることで
知られる、ある修行者と出会った
のは、そういう時でした。
修行者はKさんの話に最後まで耳を傾
けた後、ひと言「おめでとうござい
ます」と言って立ち去ります。
Kさんは驚きました。
おめでたいどころか、最悪の精神状態
なのですから、無理もありません。
ところが、どういうわけか、帰る道す
がら「彼を許します、彼を許します」
と唱えている自分がいたというのです。
しかも、それが朝から晩まで続きます。
怒りの感情が押し寄せてくることもあり
ましたが、それでも、まるで念仏の
ように一心に唱え続けました。
二週間が経った時、朝起きると、
気持ちがいつもと違います。
怒りの感情がすっかり
消えていたのです。
晴れやかな気持ちで外に出ると、あの
イタリア人の青年が玄関先にいて、
深々と頭を下げている
ではありませんか。
Kさんは青年の後ろ姿を黙って見送りまし
たが、冷静に考えてみると、会社が乗っ
取られたわけでもなく、青年をとお
して人を許すという大きな学び
を得、人間として成長でき
たことをしみじみと実感したそうです。
私には「彼を許します」と一心に唱え続
けたKさんの姿と、親友を助けるため
に無我夢中で走り抜いたメロスの
姿とが、どこか重なって見えます。
自分の弱さを受け入れた上で、目の前の
問題を乗り越えようとする時は、その
人にとって飛躍のチャンスでもあるのです。
『致知』2018年7月号
連載「人生を照らす言葉」P118
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2 今日の「一日一言」/一番尊いもの
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私は人間に一番尊いのはなまの純粋さ
であり、濁りのない単純さであって、
人間にとって、これほど尊いもの
はなかろうと思うのです。
これはどの方面でも超一流の
人にはあるようです。
『平澤興 一日一言』
今回も最後までお読みくださり、
ありがとうございました。感謝