〈伊藤〉
初めの頃は腕がないことが
周囲に知られるのが嫌で、
家から数十メートル先の自動販売機にさえも
行くことができず、
通院する時などはジャンパーを羽織って
袖口をポケットに入れて
コソコソと歩いていました。
ですので、神戸のリハビリ病院で、
私よりも重度の患者さんや車椅子に乗った方、
義足の人たちが堂々としている姿を見て、
とても衝撃を受けました。
なぜ自分の負い目を
こんなに堂々と曝け出せるのだろう。
そう考えた時、何でもいいから
自分に自信をつけなければいけない。
自分のことを誇れるような、
褒めてあげられるようなものを
持たなければならないと痛切に感じました。
(――自分に自信をつける?)
〈伊藤〉
とにかく強くなりたかったんです。
リハビリ病院に来た目的が
看護学校に復学するための
義手をつくることだったので、
まずはそのことに専念しました。
肩甲骨を開いたり閉じたりすることで
先端についているフックが開閉し、
注射針やガーゼなど細かいものも扱える
作業用の義手をつくってもらい、
日常業務を滞りなく行えるよう
リハビリ病院で一年半訓練しました。
その後、看護学校に復帰し、2007年には
看護師国家資格にも合格して、神戸百年記念
病院で働き始めることができました。
(――国内初の義手を使った看護師の誕生ですね。)
〈伊藤〉
特注した義手はディズニーキャラクターの
フック船長の腕のような特殊な形をしており、
私自身も受け入れるまでに時間がかかったんです
けど、やはり初めて目にする患者さんもびっくり
されます。
そのため、信頼関係が築ける前には
採血など看護行為をするなんてことは
絶対にしません。
他の看護師と同じように注射もしたいし、
手当てもしたい。だけど看護は
自分本位じゃないよね、と自分に言い
聞かせ一歩引くよう心掛けてきました。
患者さんを第一に考え、
自分ができないことは無理せず
同僚や後輩に頭を下げ
手伝ってもらうことを覚えましたね。
でも、本当は悔しくてしょうがなかった。
私は何ができるのって。
(――ああ、葛藤を抱えられていた。)
〈伊藤〉
その時、ある先輩がふと漏らした
ひと言で救われたんです。
「あなたは患者さんの隣に座って、
話を聞いてあげるのが得意でしょ?
私にはそれができない」と。
確かに、毎日のガーゼ交換の作業でも、
いきなり「はい、始めます」と事務的に行う
よりも、「きょうの体調はどうですか?」
とひと言声を掛けるだけで、
患者さんの感じ方は全く変わってきます。
私だからこそ患者さんに寄り添え、
私にしかできない仕事があるのだと
教えてもらえたことは、
看護師としての基盤になりました。
※本記事は月刊『致知』2020年10月号
特集「人生は常にこれから」より
一部抜粋・編集したものです
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今回も最後までお読みくださり、
ありがとうございました。感謝!