福島県内トップ(※記事掲載当時)の
雇用率を誇るクラロン。
いまは亡き創業者である田中善六さんは、
生前、ある「誓い」をメモに残していました。
その思いが妻の須美子さんへと受け継がれ、
事業の道標となっていったのです。
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〈田中〉
おそらく主人は大変な思いをしたこともあると
思うんですけど、私はいつものんびりして
いました(笑)。
だって私は主人と一緒にいさえすればそれで
楽しいから、傍から見れば辛(つら)いことでも、
辛いなんてこと全然思わなかった。
とにかく主人と話しているとすごく楽しいん
ですよ。いつも夜の11時、12時まで喋っている。
だから寝るのが惜しいくらい。
ただし、主人が言うには、夜には会社の話はする
なって。なぜっていったら、寝る前に会社のこと
をあれこれ話しても、すぐに行動できないから、
そういうことは朝に話そうって言うんです。
いまは私一人になって、会社のことは夜にしか
考えられないんですよ。朝は忙しくて、
とても考える暇がない。その分、夜になかなか
眠れなくて、いまはそれが苦痛ですね。
(──ご主人亡き後、何か指針にされている
ことはありますか。)
〈田中〉
主人が亡くなった後に、机の中を整理して
いた際に、メモ紙が出てきたんですよ。
よく見ると、いつも主人が生前に口にして
いた言葉でした。
「笑顔を絶やすな
あいさつはしたか
感謝はしたか
油断はないか
満足の一日だったか」
その時に私は思ったんです。あ、これは今後
私が生きる道の一つにしようって。
それと、これとは別によく言っていた言葉に、
「人は一人では生きていけない。
皆の助けを借りなくちゃならない。
だから人に優しくしてあげなさい」
というのがありました。
だから障碍を持った子にはなおさらで、弱者に
対して強くなってはいけない。強い人には
強くなりなさいとも言っていましたね。
(本記事は月刊『致知』2018年2月号連載
「生涯現役」より一部を抜粋・編集した
ものです)
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今回も最後までお読みくださり、
ありがとうございました。感謝!