『致知』編集長が贈る
人間学のバイブル「人生の法則」
本日は『人生の法則』から内容を
一部ご紹介いたします。
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精進の中に楽あり
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名人達人と言われる人たちがいる。
そういう人たちには共通した資質がある。
それは対象と一体になっている、
ということである。
鉄砲撃ちの名人は
遠くの獲物も一発で仕留める。
弓の達人も的のど真ん中を射抜く。
狙った対象と一体になっているからである。
そういう腕はどこから生まれるのか。
自分の仕事と一体になるところから生まれる。
寝ても覚めても仕事のことを考える。
修練する。鍛錬を重ねる。
その絶え間ない繰り返しが、
いつしか人を対象と一体化する
高みに押し上げるのだ。
それは苦しく辛い営みだろうか。
そうではない。
名人達人の域に達した人たちが
等しく抱く感慨がある。
「精進の中に楽あり」
人生の真の楽しみは、
ひたすらな努力、精進の中にこそ
潜んでいるということである。
それはレジャー、娯楽から得る
安逸な楽しみよりもはるかに大きく深い、
人間の根源から湧き起こる楽しみである。
その楽しみを知っているのが
名人達人である、とも言える。
数年前になる。
東京国立博物館で『国宝薬師寺展』があり、
仏教美術最高傑作の一つ、
日光・月光菩薩立像(国宝)が
揃って寺外で初めて公開された。
ある早朝、縁があって二つの菩薩像を
じっくり拝観する機会を得た。
高さ約三メートル。
用意された観覧席から見た二つの菩薩は、
実に柔和で、優しい笑みをたたえていた。
それから下に降り、そばから見上げた。
あっと思った。峻厳というのがふさわしい、
極めて厳しいお顔なのである。
さらに背後に回り、
いままさに翻ったかのような
足下の衣の精妙さに息をのんだ。
なんという古の匠の技。
案内してくれた薬師寺の方が言った。
「芸大の学長が来られたので、いまでもこう
いうものがつくれるでしょうかと聞いたら、
製作的にはつくれるが、
この精神性は絶対に出せません、
というお返事でした」
両菩薩の造立は西暦七〇〇年頃である。
当時、この造立計画を聞いて、
インドや中国から多くの工人が
日本に集まってきたという。
見返りや名声を求めてではない。
これをつくったら死んでも
いいという覚悟で馳せ参じたのである。
精進の中に楽あり――彼らを貫いていた
のは、この一念であったろうと思われる。
「ロープウェイできた人は、
登山家と同じ太陽を見ることはできない」
フランスの哲学者、アランの言葉である。
なんの苦労もせずに簡単に登ってきた人が
見る太陽は、厳しい鍛錬を重ねて自分の足で
頂上に辿り着いた人が見る太陽とは別物だ、
というのである。
仏教詩人・坂村真民さんの詩がある。
最高の人とは
この世の生を
精いっぱい
力いっぱい
命いっぱい
生きた人
精いっぱい力いっぱい命いっぱい
生きた人でなくては味わえない楽しみ――
精進の中の楽しみを味わい尽くす
人生を生きたい。
今回も最後までお読みくださり、
ありがとうございました。感謝!