その類まれなリーダーシップは、なぜ発揮でき
たのか?一度はサッカー界から身を引くつもり
だった人生に、何が起きたのか?その転機は、
意外にもサラリーマン時代の左遷人事に
あった。五十歳をすぎて味わった挫折。
それから二十年、人生後半に賭けた新たな夢
とは―。かつて「独裁者」と呼ばれ革命を
起こした男が、サラリーマン時代の失敗
談から、家族との交流までを包み隠
さず明かした体験的リーダー論。
1988年5月2日、古河電工名古屋支店金属営業
部長だった私の自宅に、当時の支店長から
電話がありました。家族と一緒にくつ
ろいでいたときだったと思います。
支店長に「古河産業に出向してもらいたい」と
告げられ、顔面蒼白になって落胆している
私の様子を、妻はよほど心配に思って
見つめていたんでしょう。
私のサラリーマン人生の実に27年目、51歳の
ときですから、ずいぶんと遅い「51歳の左遷」
だった、といえるのかもしれません。
会社での目標を見失ったことで、これから残る
人生をどうやって生きようか、と悩みました。
全く同じ時期、サッカー界から4年前に、いわ
ば足を洗ったような恰好だった私に、JSL
(日本サッカーリーグ)の総務主事になっ
てもらえないか、との話が舞い込みました。
その頃、JSLは、プロ化に向けて動き出して
おり、自分には、やはりサッカーしかない、
もう一度サッカー界に戻って、残りの
人生をサッカーに賭けるか、と思
い直すことにしました。
本来ならば会社を定年退職し、家族と穏やか
な老後を過ごすはずの晩年が、実に変化に
富んだ激動の日々に変わってしまった
ことを、ようやく少し落ち着きを
取り戻した今、つくづく思う
ことがあります。
あのとき、私がもし子会社に左遷されていな
かったら、一度は縁を切ろうと決めたサッ
カー界に残りの人生を賭けようと思わ
なかったら、一体どうなっていた
のだろうか、と。
私にとってのサラリーマン生活は、頭に描いた
出世で終わらず、左遷で幕を閉じました。
しかし、サッカー界での激動の20年間を終え
た今、「すべては、あの左遷から始まった
のだ、むしろあの失望こそチャンスだっ
たのだ」と思うことがあります。
ごくごく普通のサラリーマンが、夢や希望、
そして行動力を持てば、苦境や困難を
チャンスに変えることもできる。
辛いとき、流れが悪いとき、何か困難に遭った
ときこそ、サッカーでいうならば「ロスタイ
ム」こそ、逆転のチャンスになるのも
人生なのかもしれない。そんな、
一つのヒントとして読んで
いただければ、光栄に思います。
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すべては始まった』
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今回も最後までお読みくださり、
ありがとうございました。感謝!