安岡正篤師の没後40周年を記念し、
復刊された『活学 第一編』。
本書の復刊を記念し、『活学 第二編』を
ご注文いただいた方には、先着1,000名様
限定で、安岡正篤先生の色紙「三學戒(さんがく
かい)」をプレゼントいたします。ぜひお早めに
にご予約ください。
本書の中から、「人間の三不幸」という
お話をご紹介いたします。
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人間の三不幸
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伊川先生言ふ、人・三不幸あり。
少年にして高科に登る、一不幸なり。
父兄の勢に席よつて美官となる、二不幸なり。
高才有つて文章を能くす、三不幸なり。
年の若いのにどんどん上へあがる。世の中は
こんなものだと思ったら大間違いである。
というのは修練というものを
欠いてしまうことになるからで、
これは不幸である。
これは官ばかりではない。
親のお蔭で若輩が重役になったりする、
皆同じことである。
又いろいろの勝れた才能があって、文章を
能くする、──文は飾る、表わすということで、
つまり弁が立ったり、文才があったりして
表現が上手なこと──これも大きな不幸である。
今日は選手万能の時代で、野球とか、歌舞とか、
若くて出来る者にわいわい騒ぐ。
これは当人にとって大きな不幸であります。
若くてちょっと小説を二つ三つ書くと、
忽ち流行作家になって大威張りする。
小娘がちょっと歌や踊りが出来ると、やれテレビだ、
映画だ、とひっぱり出して誇大に宣伝する。
つまらない雑誌や新聞がそれを又デカデカと報道。
変態現象というか、実に面妖なことで、
決して喜ばしい現象ではないのであります。
というのは、人間でも動物でも、
或は又植物でもなんでもそうでありますが、
本当に大成させるためには
それこそ朱子の序文にある通り、
「習・知と与に長じ、化・心と与に成る」、
という長い間の年期をかけた修練・習熟という
ものが要るのであります。
決してインスタントに出来上がるものではない。
特に幼・少時代というものは、
出来るだけ本人自身の充実・大成に力を注いで、
対社会活動などは避けた方が良いのであります。
又自からも避ける心掛けが大切で、
それでこそ大成出来るのであります。
これを忘れて、外ばかり向いて活動しておると、
あだ花のように直ぐ散ってしまう。
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今回も最後までお読みくださり、
ありがとうございました。感謝!