「 信念・心意気 」一覧
子どものときぐらいは、 貧しさや不自由さを教えなくてはならない = 2-1 = 第 368号
カリスマだった創業者社長を継いだ二代目の 理想的なビジネス手腕とは! ? 三菱の創業者として初代社長の岩崎弥太郎は 有名だが、そのあとを継いだ二代目・弥之助 の業績はほとんど世に知られていない。 しかし、実は三菱財閥・三菱グループの基礎 を築いたのは、この弥之助だったのだ。 初代社長ほどのカリスマ性はないが、頭脳明晰・ 冷静沈着な弥之助は、三菱の危機を救い、...
普段何気なく使っている言葉.最初に傷つくのはその言葉を発した本人です 第 367号
数々の名言を残したマザー・テレサ。 女子進学校の校長先生が、子供たちに思いを 伝えるためにいつも引用しているという マザー・テレサの二つの言葉とは── ─────────── ★ マザー・テレサの二つの言葉 ★ 梅沢 辰也 (中村中学校・中村高等学校前校長) ─────────────────── 【梅沢】 それからこれは校長になってからのこと...
一度の人生なのだから.嫌々仕事をやるよりも.楽しくやっていこう 第 364号
アース製薬社長の川端克宜さんは40代の 若手経営者です。 ここでは川端さんの入社当時の猛烈な働きぶり が分かるエピソードを紹介します。 ─────────── ★ 人生に夢があるのではなく、 夢が人生をつくるのだ ★ 川端克宜(アース製薬社長) ─────────────────── 私が就職活動を始めたのは平成5年、バブルが 崩壊し、日本経...
人という生物の不思議さと可笑しさ生きる喜び(心と身体+香り) – 3 – 第 360 号
自分自身の中にある欠乏感や不足感と いった類いの感覚を、自分以外の人に 求めても満たされるものではない。 逆にそれを求めた場合、その不充分 感覚が増やされることの方が多く なる、これも「人」という生 物の不思議なところである。 ではどうしてそれを解消するか自分自身 でエイヤ-と気分転換をするしかない。 今、出来ることを行動に移していくと 見えなかったものが見...
世の中に偶然はない.すべて何かしらの意味.メッセージを携え必然的に起こる 第 354号
お好み焼きソースでトップシェアを誇る 広島のオタフクホールディングス。 社長の佐々木茂喜さんは若き日、仕事の 大切な仲間を亡くされています。 その時、佐々木氏は何を思い、何を感じ 取られたのでしょうか。 ─────────── ★ 世の中に偶然はない ★ 佐々木 茂喜 (オタフクホールディングス社長) ─────────────────── ...
最後まで成功を願いつづけた人だけが成功するすべては「自分の心」が決める 第 353号
松下幸之助氏の言葉。 「信念がなければ人生に花は咲かない」 まさにこの言葉を彷彿とさせるお話を 皆さんにお届けします。 ─────────── ★ あなたの夢を叶える魔法の言葉 ★ 黒岩 功(ル・クログループオーナーシェフ) ─────────────────── 一年間スイスでの就労を終え、本来であれば 日本に帰らなければなりませんでしたが、...
目に宿る精気.表情のバランス.笑顔.顔はその人の心が最も表れやすい場所 第 347 号
仕事に人間関係のストレスはつきものだ。 ぶつかり合いや、言い合いといった直接的な 諍いだけでなく、暗黙の敵意などを感じること もある。「アイツさえいなければ……」そう 思ったこともあるだろう。 しかし、こうした人間関係の怒りや悩みは、 仕事で成果を出すためには全くの無駄。 本書の内容は、多くが自らの「失敗」に もとづいて書かれている。 証券マン時代、取引...
世の中は絶えず新しい常識が生まれると同時に.矛盾や葛藤も生まれている 第 346 号
中井宏さんは27年前、25歳の時に脳脊髄液 減少症を発症しました。 激しい頭痛や嘔吐、倦怠感。 しかし、当時は病気として認定されず、 周囲の無理解に苦しむ時期が続きます。 自身の闘病や患者の救済活動など長い 歩みがここから始まるのですが 中井さんはこの逆境をどのようにして 乗り越えられたのでしょうか。 ─────────── ★ どんな絶望の...
出逢いこそ運命.魂がぶつかって生まれるもの『運命を切りひらくもの』 第 343号
累計約一千万部の大ベストセラー「大水滸伝」を 生み出した作家・北方謙三氏。 全盲ろうのハンディキャップを乗り越え、 東大教授になった福島智氏。 これまで二百以上もの北方作品を点字で 読破し、「地球人の中で最も会いたい人」 と福島氏が語っていた運命の出逢い から一年半あまり。 その後も含め、計三回の対談を重ねた 二人による魂の対話録が、このたび 一冊の本と...
おおぶりな健全さと.なにもかも心得た懐の深さは大切だが‥‥ = 2-2 = 第 338号
25年の歳月をかけた『徳川慶喜公伝』全八巻が 世に出ようとしていた1917年、栄一は折からの 夏休みで仙台から東京に戻っていた孫の敬三 を、湯河原の天野屋旅館に呼んだ。 静養かたがた天野屋で『徳川慶喜公伝』の序文 を書いていた栄一は、その原稿を敬三に渡し、 声をあげて読んでほしいと頼んだ。 栄一はその序文で、自分がどうして慶喜公の 知遇を得るに至ったか、なぜこのような...