日本歌謡界の重鎮・船村徹さんと不世出の
歌手・美空ひばりさん。
プロとして高い境地に立たれるお二人ならで
はの感動的なエピソードをお届けします。
────────『今日の注目の人』──
◆ 徹底したプロの仕事 ◆
船村 徹(作曲家)
×
村上 和雄(筑波大学名誉教授)
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【船村】
特に思い出に残っているのは、ひばりさん
にとって最後の曲になってしまった
「みだれ髪」です。
作曲当時、彼女は大病を患って福岡の
病院に入院中でした。
私もそれまでに50曲近くを提供してきた
けど、今度ばかりは体調のこともあるし、
いままでのものよりも少し簡単な歌を
つくろうと思っていたんですよ。
ところが作曲の途中で何度かひばりさんと
やり取りをする中で、返ってくるのは「そ
れでは嫌です。ひばりはまだまだ歌い
ますから」の一点張り。
早い話が、手抜きをしないでください
ということなんですよ。
普通、病気をした人間であれば、楽譜を
見て「かえっていろいろと考えていただ
き、ありがとうございます」とお礼を
言ってもらえるところが、ひばり
さんは全くそうではなかった。
【村上】
「みだれ髪」は心に染みますけど、曲が完成
するまでにそういう背景があったのですね。
【船村】
ひばりさんが退院してすぐにその曲を歌わ
せてみたところ、これがまた見事でした。
ああいう人は「禍転じて福となす」という
言葉どおりのことができてしまうんですよ。
入院中に声そのものを休ませているから、
前よりかいくらか若くなっている
ような感じがしました。
そもそも九死に一生を得るような大病をした
人とは全く感じられませんでしたね。
そういうのがやはり、地球外生物なんじゃ
ないかと思うのですよ(笑)。
普通だったらとても考えられませんから。
【村上】
しかし、そういう方と出逢えたと
いうのは大きいですね。
【船村】
むしろ怖いですよ。
と同時に、「なんでこういうふうにしなかった
のだろうか」とか「もっとこういう歌を書い
ていたら、もっといいものになっていたの
ではないか」という悔恨のほうが多く
残っていますね。
それから私どもの仕事というのは、常に
「次は何をやろうか」とか「こういう
ものがあったらいいな」と考えて
いるものですから、いまでも
いいアイデアがパッと思い
つくと、「どうしても、
ひばりでいきたいな」と思う。
ところが次の瞬間には「あぁ、もういない
のだな、彼女は」と。
その時の喪失感というのは大きいですよ。
怖いものですね、現実というのは。
月刊誌『致知』 2016年4月号
特集「夷険一節」P14
今回も最後までお読みくださり、
ありがとうございました。 感謝!