苦しみを突き抜ける「心の持ち方」
宮本祖豊(比叡山延暦寺円龍院住職)
私の心境としては、もはや出し尽くして
しまって、どうしようもないという
思いでした。
いまから振り返ると、仏さんを感得するには、
そういう精神状態になることが求められて
いたわけですが、二度のストップが
かかるほど、私は多くの煩悩を
抱えていたということなのでしょう。
その囚われが、死の淵まで追い込まれてようやく
消えたようで、三度目の行が始まって一か月
ほどで目の前に仏さんが立ちました。
約600日、百数十万回の五体投地を経て好相行
を満行し、ようやく浄土院に入る
ことができたんです。
――限界に差し掛かった時には、どのような心
持ちで「行」をお続けになったのですか。
もう二度と立ち上がりたくないという限界
まで来た時に、あと一回、あと半歩
とまた立ち上がる。
その積み重ねが、壁をやぶる
ことに繋がっていくのです。
あと一回やったら今度は死のう、あともう一回、
もう一回と、ギリギリのところで、なお前に
出たからこそ越えられたのだと思います。
印象に残っているのは、「痛みを忘れなさい」
というお師匠さんの言葉です。
行の最中は、立ったり座ったり
で膝を床につけます。
何十万回と礼拝していますので、当然膝の
骨が出てきて、床に当たる度に「脳天」
を突き抜けるような凄まじい
痛みに見舞われる。
そんな状況でどうやって痛みを忘れるのか
と言えば、とにかく全身全霊で声を
出して礼拝すること。
その一点に集中することでもって、痛みを越える
ほどの集中力が発揮され、越えた時でなければ
仏さんを見る境地には至らないんだと。
無になる、無心になることが
いかに難しいことか。
ギリギリのところで集中しなければ、到達
し得ない境地であることを実感しました。
特集「人間という奇跡を生きる」より
『致知』2015年12月号
第 46 号でも書きましたが、昨日の朝1/10(日)
午前6時、えびす様の開門神事「福男選び」
今年の”福男”には明石市の16才の
高校生のようです。
因みに「開門役」を担ったのは岩手県釜石市の
「韋駄天競争」で優勝した近江修(33)さん。
「開門役」は”福”をつなぐ大切な神事。
「韋駄天競争」はえびす様の開門神事を参考に
して、東日本大震災の津波からの避難ル-ト
を後世に残そうと発案され、2014年2月
から始められたそうです。
二つの被災地の交流の輪を広げ、お互いの
“福”がつながれば嬉しい事です。
今回も最後までお読みくださり、
ありがとうございました。 感謝!